ひとは、どんな時に変わるのだろうか?
変わろう!変わろう!と思っても、なかなかひとは変われない。
そのあたりの機微を的確に表現したエッセイを村上春樹さんが書いている。
『村上ラヂオ』の「スーツの話」というエッセイだ。
思うんだけど、人間の実体というのはいくら年齢をかさねても、それほどは変わらないものですね。何かがあって、「さあ、今日から変わろう!」と強く決意したとことで、その何かがなくなってしまえば、おおかたの人間はおおかたの場合、まるで形状記憶合金みたいに、あるいは亀があとずさりして巣穴に潜り込むみたいに、ずるずるともとのかたちに戻ってしまう。決心なんて所詮、人生のエネルギーの無駄づかいでしかない。クローゼットを開けて、ほとんど袖を通されていないスーツや、しわひとつないネクタイをまえにして、つくづくそう思う。しかしそれとは逆に「別に変わらなくてもいいや」と思っていると、不思議に人は変わっていくものだ。変な話だけどね。(p.12)
ひとは、「別に変わらなくてもいいや」と思った時に変わる。
というのは、自分の否定をやめた時に変わるということなのでは?
自分に対する価値判断を手放し、ありのままの自分を認識した時にひとは変わり始めるのだろう。
日原先生は、トマティス博士のレッスンを受けに行き、「必要以上に頑張ることには愛がない。今の自分に無理のない行動の中に真実の愛が存在するのだ」(『耳と聲01』)と心から納得した時に根本的に何かが変わったと言う。
後日、私は個人レッスンを受けに行きました。午後からのレッスンだったので、朝からしなければいけない仕事をしてから博士のところに行ったのです。そうしたら、とても疲れていて、博士の言うとおりにハミングができませんでした。
「今日はどうしたんだ?」と博士がおっしゃって、「一所懸命生徒に声楽を教えてきました」と答えたら、博士は「なんて事してきたんだ!あなたからレッスンを受けた生徒は大変迷惑なことだ」と。
「私、とても一所懸命やったんですよ」と言っても、「とても迷惑だ」と。
「なぜならあなたは自分の身を削って人に何かを伝えようとしている。そんなことでは大切なことは伝わらないんだ。あなたは自分の身体を愛してないからそんなことができる。自分の身体を愛していたら、そんなことはできない。いっぱい自分を愛しなさい。そうしたら愛はあふれる。そのあふれた愛をもって人とコミュニケーションをとりなさい」と言われました。
「そうなんだ!自分を愛して、自分を大切にして、あふれる愛をもってすればよいのだ!」とその時思ったのです。
その時先生は、無理する必要はないんだ。今の自分が無理なくできることをやればいいんだ。と、ありのままの自分を受け入れたのではないだろうか?
このエピソード自体は、以前から知っていたが、自分事として深く腹に落ちたのは、「自然体で生きるには?」という図解を作り、このエピソードが「ありのままの自分を受け入れる」というグループに配置された時だ。
ありのままの自分を受け入れればいいんだ!
ということが腹落ちした時が日原先生のリスタートの瞬間だった。
自然体で生きるというのは、ありのままの自分を大切にするということです。(『耳と聲06』日原)
自分の否定をやめた時、ひとは変わり始める。
情けない自分もそのまま受け入れるしかない。
そう覚悟を決めた時にひとは変わり始める。
そう覚悟できた時に、自分が持っているものが見えてくる。
自分が本来持っているものを大切にすることが、あなたがこの世に存在する大切な意味なのです。(『耳と聲04』日原)
今の自分をいい悪いという価値判断抜きにそのまま認識し、受け入れた時に今の自分の持っているもの、可能性が見えてくるということなのだろう。
その覚悟ができた時に、今与えられている環境をそのまま受け入れ、その中でのベストを選択することができる。
一方、「わかるとは変わるということである」という言葉も真理だ。
解るということはそれによって自分が変わるということでしょう。(『自分のなかに歴史を読む』阿部謹也、p.17)
変わるためには、わかりさえすればいい。
「なるほどなぁ!」と深く納得した時にひとは変わり、次へのステップを自然と踏み出す。
図解にはその「深い納得」を生み出す力があるのではないか?
という仮説を検証するために始めたのが「図解を作りながら考えを深める会」だ。
考えを深める会 カテゴリーの記事一覧 - ひたちで小さなメディアをつくる
これまでいろんな場面で、その方が図解を作りながら自分と向き合い、作り上げて深く納得する姿を見てきた。
図解にはそれだけの力があり、その力を伝えることが自分の使命ではないか?
やっぱりトマティスメソッドを伝えるための資料を作ることと、図解を作りながら考えを深めるお手伝いをすることが、わたしの本業なんだと思う。
「人生にはどうしても優先順位というものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番作りだ。ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう」(村上春樹)
当面は、この2つに集中していきたい。