
日々を淡々と生きる幸せ。
トマティスメソッドが求めている世界というのは、そういう世界なんですよね。
何か大きなことをしようとするのではない。
毎日自分のやるべきことを繰り返している中で広がっていく。
早朝、ご飯を炊き、三年番茶をわかし、サラダチキンを仕込み、コーヒーの準備をする。
そんな淡々とした日常に幸せを感じる世界。
でも、わたしの場合はそれだけではダメなんですよね。
何か自分しかつくれないものをつくりつつあるという実感がほしい。
自分の人生に意味を持たせたい。
淡々とした日常を楽しみつつ、自分しかつくれないものをつくりつつあるという実感を持てる。
そんな世界がわたしの求める世界なんでしょうね。
#耳と聲 #居場所をつくる #本づくり
自分の中の静けさに出会えれば、大切なものが見えてくる

自分の中の静けさに出会えれば、大切なものが見えてくる。
自分の中の静けさに出会うためのメソッドがトマティスメソッドなんだよね。
3月でひたちでの社会的活動をすっぱりと止め、『耳と聲』書籍版の制作に集中することにした。
それなのに、4月はさっぱり手がつかず、1か月引きこもってしまった。
先日の耳と聲打合せを機に、原稿制作に本格的に取り組み始め、「第5章 共振から共感へ」までの初稿たたき台まで作成できた。
現在の文字数は、3万3千字ほど。
最終的には、4万字くらいになるかな?
とすると、100ページ弱の薄い本になるだろう。
耳と声に関する『センスオブワンダー』のような本をつくるというのが、ずっと掲げてきた目標だ。
そのイメージに近い本をつくるための元ができてきた。
6月末の打合せまでにできるかぎりブラッシュアップしていく。
これが本にする最後のチャンス。
この機を逃したら、『耳と聲』は小冊子でとどまってしまう。
ear-voice.info
2002年に札幌の合唱団で日原先生に出会って、その指導ぶりに感銘を受け、日原先生の経験とメソッドを本にするのが自分の使命と思い定めてから23年、耳と聲プロジェクトを開始してから16年、いよいよプロジェクトも最終段階です。
書籍版『耳と聲』の制作を日々進め、朝走り、畑をやり、身の回りを調えていければ、今年は十分なんですよね。
「無理なことはしない。やることは楽しくやる。それが自然体で生きるための原則」という日原先生の教えをいつも頭に置きながら、ゆっくりと丁寧に日々を送りたいと思います。
それにしても、この1か月は何だったんだろう?
半年周期で訪れる鬱の波。
これをどう乗り切るかが課題ですね。
とりあえず11月までは大丈夫でしょう。
11月のシーサイドマラソンを走って疲れて動けなくなるという流れは避けたい。
12月の笠間ハーフマラソンを走り、1月の勝田マラソンでサブ3.5を達成するというのが、今年度のもう一つの大きな目標です。
0時現在の気温は、20.9℃。
蚊はまだいない。
裏庭居酒屋が一年でもっとも快適な季節です。
一本歯の下駄の効用

わが家には一本歯の下駄が5つある。
最初に買ったのは、10数年前。
水戸京成の物産展で岩間のお祭りで天狗が履くための下駄を買ったのが、初めてだったと思う。
その後、もっと手軽に履けるものをとAmazonで買い、友人から譲ってもらったり、息子用に買ったりしていたら、5足になった。
一本歯の下駄で歩くと、自然と体幹が鍛えられ、姿勢が良くなり、バランス感覚が養われる。
古武術の甲野善紀さんの本を読んで、自分でも試したくなり、買ったんですよね。
一本歯の下駄を履いて歩いてから脱いで歩くと、自分の身体が調う感覚が確かに味わえます。
もっと日常的に一本歯の下駄を歩いて買い物に行ったり、散歩したりすればいいのだけれど、なんとなく気恥ずかしくて、そこまで活用できていません。
昨日、小2の息子が一本歯の下駄を見つけ、おもしろがって、繰り返し歩く練習をしていました。

bit.ly
#身体を調える
裏庭でバラを眺めながらひとり酒

17:53。
裏庭居酒屋でひとり飲む。
ビールから日本酒へ。

音楽は、高田渡さん。
バラがだいぶ咲いてきました。
高田渡さんは、ほんと味のある歌い手でした。
札幌時代の盟友、植田さんにアルバムを借りて聴き、札幌時代に2回ライブを聴き、高円寺でもライブを聴きました。
高円寺タイフーンでのライブのすぐ後に亡くなってしまったんですよね。
息子の高田蓮さんも同じ曲を歌っているのだけれど、やっぱり高田渡さんの声を聴きたくなります。
声は人格である、とトマティス博士は言っているけれど、高田渡さんのあの存在が好きなんだろうな。
#裏庭居酒屋

富久心は、ほんとうまい酒だと思う。
近くのおそのえ酒店特注のこれを愛飲しています。
富久心は、生産量が少ないので、県外ではほとんど飲めません。
お土産にすると、かなり喜ばれます。
#ひたちいいとこ

締めは、ワインとチーズ。
高田渡さんを聴きながら。
高田渡さんを聴くと、やっぱり植田さんを思い出す。
札幌で暮らした1999年から日本酒へ2004年にかけて、どれだけの時間を円山裏参道のあれこれ屋で植田さんと一杯やりながらどれだけ語り合ったことか。
話しているうちに夜が明けてしまったこともあった。
あれを許してくれた店主、三橋さんも、今思えばすごい。
あれこれ屋では、餅つきをしたり、円山公園でかまくらを作ってその中で飲み会をしたり、サンマの海苔巻き号といういかだを作って豊平川のいかだ下りに参加したり、とほんといろんなことをやった。
会議室ではなく、飲み食いしながら存分に語り合える場がある
というのがほんと大切なんだよね。
あれこれ屋があったからこそ、円山裏参道のまちづくり活動も成り立ったのだと思う。
まちづくり活動を中心になった進めていたのは、植田さんとわたしと裏参道工芸館の国岡さんという地味で変な3人組、ジミヘントリオだった。
みんなまだ30代、若かったから、あれだけの密度で物事を進められたのだろう。
濃密な2年間だった。
国岡さんはどうしているだろうか?
もうまちに飲みに行くのも、面倒くさい。
この裏庭居酒屋の延長線上で、近所の心通じる人たちと飲み語り合える場がつくれたらおもしろそう!
北町風流物作者グループを中心にそんな場ができる道を探りたいと思っています。
自分の暮らす500m四方をいかに居心地よくするかが基本なんじゃないかな?
#居場所をつくる #裏庭居酒屋
小さなメディアをひとつひとつ手作りし、必要なひとに届ける
過去の今日の写真を眺めていたら、14年前、札幌で円山裏参道のまちづくりに参加していた頃の写真が表示されました。

札幌には、1999年6月から2004年3月まで住んでいました。
大学卒業後の東京〜信州富士見町時代に創造の広場という集まりで一緒に活動していた友人の妹夫婦が札幌で暮らしていると聞き、裏参道で建築の仕事をしている植田さんに会いに行きました。
その時、「まちの何気ない空間が大切だよね」という話で盛り上がり、感覚を共有できる人がいるという喜びから、植田さんがやっていた円山裏参道のまちづくり活動に参加しました。
munaken.hatenablog.jp
一緒にまちの未来を描き、まちづくりホームページをつくったり、まちづくりハウスを運営したり、円山裏参道のウェブサイトとマップをつくったり、地域FMの番組をやったり、キャンドルナイトをやったり、まちづくりメーリングリストをやったりと、さまざまな活動をしました。
その活動は、裏参道の拡幅問題に変に巻き込まれてしまい、中途半端な形で終わってしまったのが残念でした。
そこで一番わたしが感じたのは、まちの応援団だけいてもしょうがない。まちで暮らし、商売をしている本気の人がいないと始まらない、ということでした。
なので、それ以来わたしは、まちづくりワークショップ的なものとは距離を取り、まちで本気になって店をやっていたり、活動している人を応援するというスタンスでまちづくりに関わっています。
わたしが活動を始めるのは、「この人となら一緒に本気になって楽しく活動でき、何か新しい発見があり、それを形にできそうだ」という直観が働くときです。
それが無理だと感じられたら、その活動からは身をひく。
何をやるか以上に誰とやるかが重要なのです。
やったらいいと思うことはいろいろ思い付きます。
時間は有限なので、その中で優先順位をつけて取捨選択しないといけない。
人生にはどうしても優先順位というものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番作りだ。ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう。(村上春樹)
その取捨選択でもっとも重要なファクターは、
- 本気になって一緒に楽しくやれそうな人がいるか?
- ものをつくる感覚を共有でき、つくったものをしっかりと受け取ってくれる人がいるか?
なのです。
先週、ショックな出来事があり、ずっとモヤモヤしていたことを少しは言語化できたかな?
わたしのやりたいこと、やれることは、考えをまとめるお手伝いと小さなメディアづくりです。
当面は、今回のさくら祭りでの風流物の絵はがきづくりとひたちさくら巡りの冊子づくり、『耳と聲』の「はじめに」と日原先生インタビューのkindle化に時間を振り分けていこうと思っています。
「小さなメディアをひとつひとつ手作りして、それを必要な方に届けることを仕事とする」
というのが、メディアクラフトの本来のあり方なんですよね。
メディアクラフトを始めて20年。
ようやくそこがハッキリしてきました。
ちょっと遅すぎじゃない?
とは思うけれど、今ここから始めるしかありません。
日立風流物の伝承は、人形を治す会から
わが家に風流物の人形が帰ってきた。
大きくて置き場所に困るのだけれど、当面この丸テーブルの上に置くしかないかな。


負傷した武者の手首と、花娘の腕は、根本的な治療が必要。

元作者長にお願いして、人形を治す会をやりたい!
それが、日立風流物を次世代に継ないでいく次の一歩でしょうね。
ちなみに、この人形は前作者長の義父が作ったもの。
この役の人形を持っていた方が亡くなり、人形が一体行方不明になってしまったため、今回新たに作られました。
頭はすでにあったもの、胴体と腕や首を動かす仕組みは水庭会長の家に伝わっている人形をモデルに義父が作りました。
刀も義父が作り、刃紋は妻や息子たち、わたしが塗りました。
着物の生地を義父が日暮里の生地屋さんまで買いに行き、隣のお宅のおばあさんに着物を縫っていただきました。
昔は、冬場、小屋に集まって人形作りをみんなでしていたとのこと。
手仕事をしながらよもやま話をする、というのは楽しいんでしょうね。
以前、郷土博物館で人形作りの講座をやったとき、その準備で作者の方々が北町公民館に集まって部材を作ったことがあります。
その時、みなさんが語るお話はとてもおもしろかったし、楽しかった記憶があります。
その北町公民館がなくなったことが、とても大きい。
やっぱり集える場が決定的に重要なんですよね。
風流物の北町作者のみなさんが集い、作業をしながら語り合える場をどうしたらつくれるか?
今結構真剣に考え始めています。
共楽館界隈のマップづくりで目指すこと
「知ることは考えることから生まれる
考えることは感じることから生まれる
感じることは生きることから生まれる
そこから生まれないと心の中で
育ってくれない」(皆川明)
Journal - minä perhonen
感じる、考える、知る
の順番が大切なんですよね。
munaken.hatenablog.jp
5年前にこんなブログ記事を書きました。
「感じる、思う、考える」というプロセスを丁寧にやった上で「知る」ということが大切なんじゃないかな?
「感じる、思う、考える」中で自分の中から生まれてきた言葉をラベル化し、それを図解化することで、深く「知る」ことができる。
そして、その理解が行動を変容させる。
共楽館界隈のマップも、「感じる、思う、考える」というプロセスを丁寧にやりながら作り上げていきたい。
まず、共楽館界隈を歩いて「感じる」。
「思った」ことを参加者の方々と語り合う。
共楽館界隈の魅力とは何かを「考える」
そして、考えたことをマップに落とし込んでみる。
そのプロセスを丁寧に積み重ねることで、共楽館界隈の過去・現在が浮かび上がり、未来への可能性が見えてくるのではないか?
munaken.hatenablog.jp
大煙突マップは、その地域の現在と過去を重ねたら何が見えてくるかの実験だった。
munaken.hatenablog.jp
過去と現在を踏まえて、未来を浮かび上がらせるところまでやりたかったけれど、そこまでは行けなかった。
共楽館界隈マップでは、現在マップと過去マップを重ねた上で未来マップをつくってみたい。
未来マップは、どんな形になるだろう?
共楽館界隈のさまざまな場所で楽しそうなことが起こっているのをイラストで表現するのがいいかな?
munaken.hatenablog.jp
11/25(土)のセミナー「近代化遺産・文化財を活かしたまちづくり—文化遺産のメッセージに学ぶ」までに現在マップと過去マップの叩き台を作成し、年内に現在マップと過去マップを完成させる。
そして、1/14(日)のパネルディスカッション「文化をつなぐ共生のまちづくり—わがまちの魅力再発見—」の時に未来マップを提示できるようにする。
というのが目標ですね。
さてさて、どこまでやり切れるかな?
「過去の記憶を思い出すことで今を豊かに生き、ワクワクする未来を描くことができる」のではないか?
という仮説を検証することが、わたしが大煙突とさくら100年プロジェクトに参加している意味です。
共楽館界隈マップづくりを通して、この仮説を検証し、福川先生に提示し、考えを深めていきたいと思っています。
そして、心ある方々と共楽館界隈の未来を語り合い、光ある道を見出していきたい。
その実験でもあります。
munaken.hatenablog.jp
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