ひたちで小さなメディアをつくる

居心地のいい場をつくるために”小さなメディア”がどんな役割を果たすことができるか、日々の試行錯誤を綴っています。

町内会との関わり方

10年前にひたちに移り住んで以来、町内会に加入し、5年前には班長もやりました。
以下は、5年前の今日の投稿です。
 

市報の配布完了。今年に入ってうちの町内だけで配布部数が10部減っています。引っ越したり、いらないという人がいたり。人口減少と町への関心のなさを肌で感じます。 #居場所をつくる
 
回覧板や市報の配布のシステムは、コストを考えてもよくできています。その役割は、町内会に加入ているメンバーが持ち回りでやっています。「日本社会は15人に1人くらいの比率で「おとな」がいれば回していけるくら安定的に設計されている」と内田樹さんが書いていました。 #居場所をつくる
 
”町内会なんか関係ない”という人ばかりになれば、このシステムは崩壊し、この情報伝達のコストは行政が負担するか、なされなくなります。今年、町内会の班長として毎月の打合せやお祭りの運営側に参加する中で、町内会システムの意義と今後への不安を感じることが多いです。 #居場所をつくる
 
それでも、わが北町町内会は風流物の担い手である誇りと実際に数年に1回風流物をやることで地域への求心力が生まれていて、若い人もそれなりに町内会で役割を果たしていると感じます。それが、お祭りの力なのかもしれませんね。 #居場所をつくる #風流物

 
10年前に暮らし始めた頃は、それなりに積極的に町内会活動に参加しようかな、と思っていましたが、最近では、最低限の関わりになっています。(下手に積極的に関わると、ボランティア的な仕事をどんどん押し付けられそうな危惧を感じたため)
それでも、敬老会等、各種行事のお手伝いや広報委員会でコミュニティ誌の編集・制作には携わっているのですが。
 
昨日、広報委員会でコミュニティ誌の編集委員会に参加したのですが、編集会議は15分。
その時々で誌面はほぼ決まっているので、口を挟む余地はないんですよね。
黙って承認するのみ。
これは、町内会活動の他の部門でも同じなんだろうな。
 
地域コミュニティの再生は、大きな問題だと思いつつも、最低限の関わりにとどめるというのが、当面は続くのかな?
来年は、また班長さん役が回ってくるので、月に1回の会議に出なくてはいけないのですが。

本物の覚悟が感じられ、本音で語り合える人とだけプロジェクトを始めるようにしよう!

何かプロジェクトを進める上で一番大切なことは、コアメンバーに覚悟があるかどうかなんだろうな。
アメンバーに覚悟が感じられないプロジェクトは、ほんとモヤモヤして無駄に疲れる。
最終的には自分が覚悟を決めて一人ででもやり切るしかないんだけれど。
 
「地方の人はその覚悟が「本物」かどうかを見ている」
https://careercompass.doda-x.jp/article/904/

覚悟のない、フワフワした人が、他の人を動かすことはないんだよね。
 
もちろんプロジェクトを進める際には多様な関わり方があり、関わり方をどうデザインするかが肝心だというのは、わかる。
でも、コアメンバーには本物の覚悟を持っていてほしい。
 
今後は、本物の覚悟が感じられ、本音で語り合える人とだけプロジェクトを始めるようにしよう!
と強く思う朝です。
 
その後、「向こう岸の景色」とそこに至るプロセスを共に描けることも大切だな!
と思ったので、追記しておきます。
munaken.hatenablog.jp

自分の小宇宙をしっかりと確保し続けている人や場所こそが、この均質空間のオアシスとなりうる

過去20年間の今日の写真を見返していたら、札幌の小さな絵本やひだまりの青田さんのお話を時田さんのお店で聴いた時の写真が表示されました。
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あれは、20年前の今日だったんだ!
 
私の絵本の世界への原体験は、この会です。
その後、何度も手稲のひだまりを訪れました。
ほんといいお店なんですよね。
www.syoten-navi.com

時田さんのアップルパイのお店は、裏参道にありました。
1999年に札幌円山で暮らし始めた頃、足の向くまま気の向くままに街を歩いていた時に見つけて入って以来、何度も訪れました。
ほんと気さくで朗らかな方でした。
 
時田さんは、残念ながら、私が2004年に札幌を離れて間もなくガンで亡くなってしまいました。
時田さんのことをネット検索したら、ブログ「ひものや万両『おさかな歳時記』」の記事がヒットしました。
orange.ap.teacup.com

なんと私の所属していた合唱団「感透音」のメンバーの佐藤さんがひものの移動販売をするきっかけを作ったのも時田さんなんですね!
 
※佐藤さんのつくる干物は、ほんとおいしいです。
 ひもの屋万両
 
確かなお店や人の存在というのは、いろんなきっかけを産み出していくんだなぁ!
と改めて思いました。
 
「自分の小宇宙をしっかりと確保し続けている人や場所こそが、この均質空間のオアシスとなりうる。それを大事にしていきたい」
 
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20年前に作った図解のこの言葉が、私がまちづくり活動に取り組む際の基本姿勢です。

過去の写真から現在を眺め、その先の未来を思い描く

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このところ毎朝、Macの写真アプリで過去の今日の写真を検索し、眺めている。
私のMacには、1999年から20年分の写真が保存されている。
過去20年間の10/27の写真は、277枚。
 
札幌5年、東京5年、ひたち10年と、いつの間にかひたちで暮らしている日数が札幌と東京で暮らしていた日数と同じになり、信州で暮らしていた日数に近づいている。(信州には11年間暮らしていました)
 
過去の写真を眺めるということは、過去に視点を置いて現在を眺めるということなんじゃないかな?
過去の視点で現在を見つめ、その先の未来を思い描く。
そのための手段として、過去の今日の写真を眺めるのは、かなり有効なのでは?
 
デジカメで写真を撮り始めた1999年からの写真はMacで一覧できるけれど、それ以前の写真は紙のアルバムにある。
この写真もMacに取り込み、日付を付け、1987年に大学を卒業して以降の32年間の今日の写真を眺められるようにしたら、おもしろそう!

「向こう岸の景色」とそこに至るプロセスを共に描きたい

向こう岸に渡りたいというイメージがあるからこそ、舟をつくるための木を集められるわけでしょう。向こう岸の景色がたのしみにできると、地味な仕事のひとつひとつが、おもしろいんですよね。
糸井重里

地域エキスパート養成講座では、「向こう岸の景色」とそこに至るプロセスを参加者と講師で共に描いてみたい。
指定事業 - 茨城県県北生涯学習センターホームページ
 
来年1月から県北生涯学習センターで開講される「地域エキスパート養成講座」は、私にとっては「大煙突マップをどう次につなげていくか?」というテーマで考え、ひたちワクワク未来会議という場でやろうとしていたことの延長線上にあります。
munaken.hatenablog.jp
munaken.hatenablog.jp

効率化することで失った豊かさを取り戻す時代では

栗の渋皮煮、ようやく完成!
いったい何日かかったんだろう?
 
お金に換算すると消えてしまう充実や豊かさが手づくりにはある。
稲刈りもみんなで手植えして、日々世話し、みんなで手刈りして収穫すると、そのプロセスに生の充実や豊かさが生まれるんだよね。
 
効率を重視し、何でもアウトソーシングし、お金に換算する生き方から、自分の必要なものは手作りし、その手作りするプロセスに充実や豊かさを感じる生き方にそろそろ転換していった方が楽しく暮らせるんじゃないかな?
 
地方には、都会ほどの消費の楽しみはないけれど、作り出すための素材は豊かにある。
地方で暮らす豊かさは、消費する側から作り出す側に回ってこそ、味わえる。
 
私の場合は、阿武隈山地の山里で育ち、手植えを小学生まで経験している。手植えの時代は、親戚や近所の人がみんなで手伝ってくれて、田んぼに並んで息を揃えて植えていった。
田植えが終わると、みんなで夕ご飯を食べる。
それは、お祭りのようだった。
田植え機が導入されると、田植えは家族単位で完結する作業となった。
 
効率化することで得られた時間で私たちはいったい何をするというのだろう?
そこで失った生の充実や豊かさをもう一度取り戻すべき時代が来ているんじゃないかな。

出会っていたものと再び出会い直し、未来へとつないでいく

Macの「写真」アプリの検索窓に「10月」と入れると、過去20年間の10月の写真がリストアップされる。
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2000年頃は、札幌の円山裏参道のまちづくり活動に参加して、「街づくりCAFE」というイベントをやっていたんだ。
こんな感じの写真と短い文章でひたちの魅力を伝える絵葉書をつくるのもいいかも。
すでにやってきたこと、出会っていたものと再び出会い直し、未来へとつないでいくこと。
それが、写真を見返す意味なのかも。