ひたちで小さなメディアをつくる

居心地のいい場をつくるために”小さなメディア”がどんな役割を果たすことができるか、日々の試行錯誤を綴りたいと思います。

なぜ会社では本質的な話ができないのか。

1月末、派遣社員として勤めていたマニュアル制作会社で業績悪化のため、派遣社員は全員3月末で契約終了となるということが明らかになった。その会社では、ファイルメーカーProを使用して構築した業務管理システムを構築しており、会議の議事録等もそのシステム内で公開される。その議事録内にその情報が書かれているということを、同じ派遣社員のNさんが教えてくれたのだ。実際にその議事録を閲覧したら、その通りだった。


遊んで暮らせるほどの余裕はないので、次の職場を見つけなければいけない。いったい自分は何ができ、何をやりたいのだろう?
次の職場をネットなどで探しながら、4月から働く職場のイメージを描き続けた。その結果、はっきりしてきたのは、以下のポイントだ。


・「ものづくりの心」がある。
・現場に近い(開発者や顧客に近いところで仕事ができる)。
・マニュアルをサポートシステム全体、そして、製品開発にまでつなげて考える視野がある。
・全員の顔が見える規模。
・上司や一緒に働く仲間と共感できる。
・自分の呼吸(マイペース)で仕事ができる。
・未来に関わる仕事をしている。


やはり自分がやりたいのは、「現場の情報を元に何かを創り上げていく」ということなんだ。そういうところでこそ、自分の本来の持ち味が発揮できる。もうそろそろ、そういう自分の本来の流れに戻ろう。そう心が決まった。
具体的には、「メーカー内で自社製品のマニュアル制作やサポート、トレーニングなどをする仕事」をやろう。


ここまではっきりしてきたら、働きたい会社がネットで見つかった。
2/27にその会社のホームページから採用の流れに関して問い合わせし、3/6に履歴書と職務経歴書を送付したところ、書類選考を無事パスし、3/17に面接を受けた。そして、3/28に採用の連絡があった。


会社を退職することになってから、何人かの人と親しく話ができるようになった。
Kさんとは、写真撮影しながら、外濠公園を散歩し、いろいろな話をした。Kさんは、私が大学時代を過ごした仙台で生まれたこと、また、お父さんは、私が20代から30代にかけて過ごした信州の八ヶ岳南麓の近くの出身だということなど、いろいろな共通点がわかった。
Mさんを私のお気に入りのお蕎麦屋さん、大川やさんに案内したり、NさんとTさんをわが街、高円寺に招き、小杉湯とタイフーンに一緒に行ったりと、最後の頃になって初めて、交流が生まれた。


会社では、決められた仕事をたんたんとこなすだけで、本質的な話ができないというのが、今まで2つの会社で働いてみた結果の実感だ。
会議では、現在動いているプロジェクトを誰がどういう分担でやるかという話がほとんどだし、もっとちゃんと仕事のことを話したいと思って、飲み会に行っても、飲み会ではそんな話は出ない。


今度の会社では、本質的なことをきちんと議論しながら仕事を進められるといいなと思う。